モラハラ離婚と、自閉症の息子

あの日、私は“母親”を選んだ
「お前がいると空気が悪くなる」夕飯を出した瞬間、言われました。
味じゃない、存在そのものの否定。私は笑ってごまかしました。息子が横にいたから。
療育帰りの玄関

療育の日は、いつも神経を使う。
予定変更で息子がパニックになりかけ、必死に声をかけながら帰宅。
玄関を開けた瞬間、夫の声。
「また騒がせたのか?」
「普通の子ならそんな風にならない」
息子の背中が固まりました。
その夜、布団の中で。「ぼく、なおらないの?」私は息ができませんでした。
経済的支配と無視

生活費は最低限で私のパートで足らない分を賄っていました。
「足りない」と言えば
「計算もできないのか」
レシート提出。美容院に行けば一週間無視。気に入らない事があれば、とにかく無視、まるで私が存在していないかのように。
私はどんどん小さくなりました。友達とお茶すら出来なくなりました。
息子が自分を責めた夜

夫の怒鳴り声のあと、息子が耳を塞ぎながら言いました。
「ぼくが、うるさいから?」その瞬間、わかりました。
守れていない。私は妻でいることにしがみついて、母親でいる覚悟が足りなかった。
限界だった朝

息子が学校に行けなくなった日。
「パパがおこるから、ぼく、いなくなりたい」台所で立てなくなりました。
そのタイミングで、夫が言いました。
「好きな人ができた」
「もう無理だ。別れてほしい」結婚して11年目の夏のことでした。
頭が真っ白になりました。
私が壊れかけている時に。息子が自分を責めている時に。
浮気?
そして「別れてほしい」と。悲しいより先に、
力が抜けました。
ああ、この人はもう家族を守る気がないんだ。
皮肉な解放

不思議でした。
裏切られたのに、どこかでホッとした。
「私が悪いわけじゃない」と初めて、はっきり思えたから。
私は静かに準備を始めました。
通帳を撮影。
暴言を録音。
日記を毎日つける。
そして市役所の無料相談に電話。
震える声で事情を話すと、相談員さんが言いました。
「それはあなたの責任ではありません」
受話器を持ったまま、声を殺して泣きました。
別居初日の夜
狭い部屋。
でも、静か。なんて落ち着くんだろう。
息子は落ち着かず、何度も聞きました。「パパは?」私は正直に言いました。
「一緒には住まない。でもママはずっと味方だよ」
電気を消したあと、息子が小さく言いました。
「きょう、だれもおこらなかったね」
私は暗闇で、声を出さずに泣きました。
しばらくして

学校の先生に言われました。「最近、表情がやわらかいですね」
息子はある日、私に聞きました。「ママ、ぼく、うるさくない?」
私は抱きしめました。
「あなたは、うるさくなんてない。あなたは、そのままでいい」
あの家にいたら、私はこんなふうに言えなかったかもしれない。
最後に

離婚は勝ち負けじゃない。
浮気された。
捨てられた。
そう思えば、私は負けかもしれない。
でも。
息子が自分を責めなくなった。
夜、安心して眠れるようになった。
それだけでいい。
私は、夫に捨てられたんじゃない。私は、息子の未来を選んだ。
そしてようやく、自分の人生を取り戻した。今はとても幸せだ。
優しい息子に育ち、二匹の猫、認知症の母との暮らしは賑やかで、とても楽しい。
生活は少し苦しいけれど、自由を手に入れた。あの時の決断は間違っていなかった。
